The Catcher in the Rye

サリンジャー(Jerome David Salinger)はアメリカ文学の歴史の中でも、最も重要な作家の一人として数えられます。彼の作品の中でもとりわけ有名なThe Catcher in the Ryeは1951年に出版された長編小説で、1950年代のニューヨークを舞台に、大人社会に欺瞞を抱く少年ホールデンの3日間を描かれています。

I. 作品と作者について

1. 作品の概要

キャッチャー・イン・ザ・ライ、これは邦訳で「ライ麦畑でつかまえて」としてよく知られている作品です。研究者によっては「ライ麦畑の捕手」、「ライ麦畑のキャッチャー」、「ライ麦畑の捕まえ人」などと訳されることもあります。邦訳として名高い野崎訳ではcatcherを「つかまえて」とひらがな表記していますが、これが原題の理解する上での妨げとなっていると考えられます。これは「捕まえてほしい」と言っているのか、「・・・して・・・する」 と言うように 「つかまえて、それから・・・する」の意なのか分かりにくいと、「サリンジャー・イエローページ」の著者である田中啓志先生も指摘しています。

この作品は主人公ホールデン・コールフィールドの体験したクリスマス前の3日間の出来事を、精神病院に入院中の彼自身がフラッシュバック形式にて語っていくというもです。その当時のホールデンは、ペンシルバニア州にある Pency Prep School の3年生。彼はついに放校処分となり、同校の教師スペンサー宅へ挨拶にいき、寮へと戻りました。そこで、同室のストラドレーターとけんかになり寮を飛び出してしまいます。当てなくニューヨークへ向かいホテルに宿泊、変質者を目の当たりにしたり、バーで3人の女性と出会ったり、またタクシーで兄の行きつけであったナイトクラブまで繰り出したりと彼の放浪の夜は過ぎていくのです。

こうして始まった放浪の3日間ですが、この3日の間に売春婦と関わりをもったりする反面、偶然出会った2人の尼僧に人間としての理想を見出したりと、現実社会の醜い部分と美しい幻想の狭間で彼の心は揺れ動きます。ホールデンは現実の俗物的な大人社会を「インチキ」と批判をしながらも、自らもその大人社会の甘い誘惑に負けてしまうという人間的弱さも露呈するのです。つまり娼婦と関わりをもつことはよくないとことと知りつつもそうしてしまったり、大人を偽善だと批判しながらも、ホールデン自身も嘘をついたりすることなどに象徴されています。

しかし私たちは、物語後半で、理想ばかりを追い求めるのではなく、そうした現実社会を次第に受容するようになっていくホールデンを見ることができようになります。妹フィービーが回転木馬に乗っているのを眺めながら、「危ない崖っぷち」 からころげ落ちないように、そこへ続くライ麦畑の中で、「子供たちを救ってやりたい」 と言っていたホールデンは、「子供たちを捕まえることなどできはしない。彼らは走り回ったり、転んだりしてけがをするかもしれないが、それは仕方のないことだ。ただ見守ってやるしかない。」ということを実感することになります。それは決して理想を幻想としてあきらめた「自暴自棄」の姿ではなく、現実を受容し、人間の持っている弱さや矛盾を認めた上で、それを直視する「強さ」に彼の成長の姿なのです。余談ですが、「キャッチャー」 になりたいと言っていたホールデンが逆に「キャッチ」 され精神病院での療養生活を余儀なくされていることは何か皮肉的でもあります。

 

2. 作者と主な作品

Jerome David Salinger (1919-2010 )

J.D. Salingerは1919年の1月1日にニューヨークで生まれました。父親はハムやチーズの輸入業に携わっていたようです。父方の祖父はポーランド系ユダヤ人、母はもともとスコットランド=アイルランド系でしたが、後にユダヤ教に改宗、よってJ.D. Salinger自身もユダヤ人ということになります。しかし、彼の作品には直接ユダヤ色は反映されておらず、同じユダヤ作家のフィリップ・ロスなどとは対照的となっています。

この作品にはいくつかの邦訳がありますが、原書をきちんと読み、邦訳と照らしあわせてみると新たなる発見があるかもしれません。まずはJ.D. Salingerの主な著書と邦訳を紹介します。

 

主な作品

  • The Catcher in the Rye. Boston: Little, Brown & Co.,(1951)
  • Nine Stories. Boston: Boston: Little, Brown & Co.,(1953)
  • A Prefer Day for Bananafish, New Yorker,(Jan 31, 1948)
  • Uncle Wiggily in Connecticut, New Yorker,(Mar 20, 1948)
  • Just Before the War with the Eskimos, New Yorker,(Jun 5,1948)
  • The Laughing Man, New Yorker,(Mar 19, 1949)
  • Down at the Dinghy, Harper’s Magazine,(Apr, 1949)
  • For Esme-with Love and Squalor, New Yorker,(Apr 8, 1950)
  • Pretty Mouth and Greeen My Eyes, New Yorker,(Jul 14, 1951)
  • De Daumier-Smith’s Blue Period, World Revew,(May, 1952)
  • Teddy, NewYorker,(Jan 31, 1953)
  • Franny and Zooey. Boston: Little, Brown & Co.,(1961)
  • Franny, New Yorker,(Jan 29,1955)
  • Zooey, New Yorker,(May 4, 1957)
  • Raise High the Roof Beam, Carpenters and Seymour: An Introduction. Boston: Little, Brown & Co.,(1963)
  • Raise High the Roof Beam, Carpenters, New Yorker,(Nov 19, 1955)
  • Seymour: An Introduction, New Yorker,(Jun 6, 1959)

 

邦訳

  • 『ライ麦畑でつかまえて』 野崎孝訳. 白水社, 1984.(白水Uブックス)
  • 『ナイン・ストーリーズ』 野崎孝訳. 新潮社, 1974.(新潮文庫)
  • 『バナフィッシュにうってつけの日』
  • 『コネティカットのひょこひょこおじさん』
  • 『対エスキモー戦争の前夜』
  • 『笑い男』
  • 『小舟のほとりで』
  • 『エズメに-愛と汚れをこめて』
  • 『愛らしき口もと目は緑』
  • 『テディ』
  • 『フラニーとゾーイー』 野崎孝訳. 新潮社, 1976.(新潮文庫)
  • 『フラニー』
  • 『ゾーイー』
  • 『大工よ、屋根の梁を高く上げよ―シーモア・序章』 野崎孝, 井上謙治訳. 新潮社, 1980.(新潮文庫)
  • 『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』
  • 『シーモア・序章』

 

II. 登場する場所めぐり

ニューヨークの “The Catcher in the Rye” 縁の場所を訪ねてきました。小説に登場するすべての場所に行くことはできませんでしたが、今回の旅で訪れたところをいくつか紹介します。

 

Pennsylvania Station

ニューヨーク市の二大駅のうちの一方で、マディソン・スクエア・ガーデンの地下にあるペンシルベニア駅です。通常この駅はペン・ステーションと呼ばれ、この作品では学校を飛び出したホールデン・コールフィールドがニューヨークで下車する駅として描かれています。あのエンパイヤ・ステート・ビルから西に2ブロックほどのところにありとてもにぎわっていました。アメリカの鉄道として有名なアムトラックもこの駅からでています。ボストンまで4時間程度で行くことができます。今回の旅行ではホテルがエンパイヤステートビルのすぐそばだったので、JFK空港からバス・地下鉄と乗り継ぎこの駅で降りました。地下のあちこちの売店から漂ってくるポップコーンの香りが記憶に残っています。バターのよい香りがすると思ったら、次には甘いキャラメルの香りが漂っていたり、また小物が売っている店があったりと、とても楽しいところです。時間があればあちこちみて歩きたかったのですが、今回の旅行は5日間という短い滞在なので足早にホテルに向かいました。

Pennsylvania Station

 

 

Ducks

セントラルパークには大小いくつかの池がありアヒルや白鳥が泳いでいます。一番大きいものは沼といったほうがよいぐらいの広さです。この作品中でホールデンがホテルに向かう時にタクシーの運転手に、冬になったら池のアヒルはどうなってしまうのかを心配する場面があります。冬になると池は凍ってしまうので、その間はアヒルはどこに行くのかとホールデンは心配するのです。ホールデンの言葉では「セントラルパークサウス」と言っているので、公園の南に位置する小さいほうの池を指しているようです。そこにいるアヒルをぜひ写真に撮っておこうと撮影したのが下の写真のアヒルです。

Ducks

 

 

Central Park

私が訪れたのは11月下旬でしたが、もっと寒い時にここに来て、このアヒル達を見たなら、もっと違う感情を持ったかもしれません。残念ながらホールデンのように彼らを哀れんだり、心配するような気持ちにはなりませんでした。小春日和というのでしょうか11月にしてはすごくあったかく、よい天気だったからでしょう。アヒルも魚をとって食べたり、羽づくろいをしていたり、のんびりと泳いでいました。アヒルというのはどうやら数種類あって、真っ白なもの、この写真のようにマガモのような風体をしたものなどがあるようです。この池のはマガモに似ているアヒルですね。ほかにも白い水鳥いましたが、近寄ってみると白鳥でした。ここは都会のオアシスとも言うべき、ニューヨーカーの憩いの場となっているようです。

Central Park

 

 

Grand Central Terminal

ニューヨーク市の二大駅のうちのもう一方、グランド・セントラル駅の写真です。この作品にはホールディン・コールフィールドが、2人の尼さんと芝居の話をする場面が登場しますが、それはこの駅のスナックバーでのことです。駅の中は少し薄暗い感じでしたが、日本のように蛍光灯がたくさんないので、目にやさしい光です。以前卒業論文に取り掛かっているころ、資料として集めたものに載っていた写真を目にしたことはあったのですが、実際に目の当たりにするのは、これが初めてでした。足を踏み入れたときに「あ~、これがグランド・セントラルの駅かぁ~・・・何か不思議な感じがするな~」と思いました。あちこちじろじろ見回して、まさに「おのぼりさん」状態でした。新宿駅などに比べれば人間の数は少ないかもしれませんが、それなりににぎわっています。この駅には「オイスターバー」というシーフードのレストランがあります。このレストランはどのガイドブックにも載っているぐらい有名で、後年日本にも出店されました。私は、「かき」はあまり好きではないので、前を素通りしただけでしたが、ニューヨークに行く予定がある方はぜひ寄ってみる価値があるお店です。

Grand Central Terminal

 

 

The Ice Rink at Rockefeller Center

ロックフェラーセンターのスケート場です。ここはクリスマスツリーでも有名です。ツリーとスケートリンクを見物して、それから周辺でショッピングというのが冬のニューヨーク観光の定番コースのようです。 このスケート場は作品中でホールデンとサリーが行ったラジオシティのスケート場として登場する場所です。残念ながらちょうどツリー準備しているところでした。実際に目にするまでは、もっと大きいスケート場と思っていましたが、かなりこじんまりとしたスケート場でした。周りがビルに囲まれている、地下1階の中庭のようなところにあり、1階部分から多くの人がリンクを見下ろすように見物しています。すごい人ごみで通り抜けるのに苦労しました。東京の日比谷にあるスケート場を知っている人にはどのような感じかわかると思います。ちょうどその日比谷のスケート場に雰囲気が似ています。日本ではすべての人がある一定の方向にぐるぐる回って滑るのが普通ですが、私が目にしたセントラルパークのスケート場とこのスケート場では、各自が好きな方向に勝手気ままに滑っていました。エスカレーターなどでもそうですが、片側に立って、右側を急ぐ人のために空けておくような習慣はないのですね。

The Ice Rink at Rockefeller Center

 

 

Radio City Music Hall

これがラジオシティ・ミュージックホールです。ここで行われるクリスマス・ショーである「Radio City Christmas Spectacular」は毎年クリスマスの前後に行われ、「ザ・ロケッツ」というクリスマスにちなんだ様々なシーンが歌と踊りとともに繰り広げられる華やかなショーとして有名です。クリスマスが近くなるにつれてチケットの入手が難しくなるとのことです。もし今度クリスマス時期にニューヨークに来ることができたら行ってみたいと思っています。

Radio City Music Hall

 

 

The American Museum of Natural History

セントラルパークに西側に位置する、1869年に設立されたアメリカ自然史博物館です。博物館のテーマは「自然と人間との対話」だそうです。入り口は道路を挟んで向かいにすぐセントラルパークがあります。いつもたくさん人々が訪れるのでしょう、このときも入り口には長い列ができていました。数十分かかりそうな雰囲気だったので、入館するのはやめました。入り口には首長竜らしき巨大な化石とやや小さめの恐竜の化石が展示してありました。

The American Museum of Natural History

 

 

Fossil of Dinosaur

せめてその入り口にある恐竜の化石だけでもと撮影し、次の目的地へ向かいました。テロ以来だと思いますが、このような博物館や図書館でさえも入り口ではカバンの中身まで見せなければいけません。もちろん空港のチェックは以前よりも厳しく、ニューヨークのあちこちの観光スポットではこうしたチェックが行われています。ホールデンはこの博物館のことなら手に取るように分かるといっています。また「講堂の中はいいにおいがしたんだ。また、雨が降っていないときでも、外は雨が降っていて自分たちだけが雨に当たらない気持ちのいいところにいるみたいな、なんかそんな気分にさせるいいにおいだった。あの博物館は大好きだった。」とこの博物館を描写しています。ガラスケースの中の展示品は子供から大人への階段を昇っているホールデンにとっては「昔とちっとも変わらない、時間の止まった空間、いつそこに行ってもそのままでいてくれ、安らぎを与えてくれる存在」である特別な場所です。

Fossil of Dinosaur

 

 

The Central Park Carousel

ここが The Catcher in the Rye のクライマックスに登場する回転木馬です。壁に囲われているので、ちょっと見えにくいですが右側の隙間から木馬が少し見えています。この回転木馬のシーンでホールデンは「今から50年前にもあの歌をやってたもんさ。これが回転木馬のいいところなんだよ。いつも同じ歌をやってるってところがさ。」と言います。回転木馬は子供の世界の象徴ですから、ホールデンに純粋な子供のころを思い起こさせるのでしょう。妹フィービーが回転木馬に乗っているのを見守りながらホールデンは「ライ麦畑のキャッチャー」として子供を捕まえるのではなく、見守ることが大事だということに気づくのです。そこには少し大人になったホールデンがいるように思います。

The Central Park Carousel

 

III. 長文読解例

ここでは ”The Catcher in the Rye” の中から1パラグラフを引用し、文構造の分析例を挙げました。「英文をきちんと読む」ということは、結局は作品を正しく解釈することにつながります。テキストはLittle, Brown and Company社のペーパーバック版を使用し、引用文の行頭にはページ番号と行番号を記しています。

(P1, lines1-6)

If you want to hear about it, the first thing you’ll probably want to know about is where I was born, what my lousy childhood was like, and how my parents were ocupied and all before they had me, and all that David Copperfield kind of crap, but I don’t feel like going into it, if you want to know the truth.

もしも君がそれについて聞きたいのなら、初めに、君が知りたいかもしれないことって、僕がどこで生まれたか、僕のひどい子供時代がどんなだったかとか、また僕が生まれる前に僕の両親はどんな仕事に従事していたかとかなんとか、そんなようなデビッド・カッパーフィールドの類のたわごとなんかだろう。でもね、もし君が本当のことを知りたいというなら、僕はそんなことには話す気にはならないんだ。

If~itまでは副詞文節、主文はthe first thing からcrapまで。主語はthe first thingで、省略されている関係代名詞(that/which)の先行詞になっています。関係代名詞の位置は前置詞aboutの目的語。つまり “you’ll probably want to know about” が “thing” を修飾する形容詞節になっています。 分かりやすくするために、文章の骨組みだけにすると[ the first thing is where~、 what~ and how~.] で [A is B, C and D and E.] という構造になっていることが分かります。”before they had me”はhow my parents were ocupied and allににかかる副詞文節。

“all that David Copperfield kind of crap”ではand と all thatとを切り離して考えます。この等位接続詞”and”は「補足・要約」あるいは「それも、しかも、もっとも(挿入または追加的に)」を表していると考えられます。allもthatも形容詞で「すべてのたわごとであるそれらのデヴィッド・カッパーフィールドの類(たぐい)のもの」という意にとりました。それはwhere~、 what~ and how~の3つの事柄を指しています。

don’t feel like ~ingは~する気がしないという意です。 going into はそのまま訳せば、「中に入り込みたくない」という意味にとれますが、「~を説明する」という意味もあります(ジーニアス英和辞典及び研究社英和中辞典参照) 。

(P1, lines22-24)

One of those little English jobs that can do around two hundred miles an hour.
時速200マイルで走る、イギリス製の車だよ。

これは主語、動詞がそろっていないので文としては不完全で、極端に言えば名詞が1つ挙げられているだけといえます。つまり単なる名詞の”one”があるだけで、”of~jpbs” までが形容詞句としてその”one”を修飾し、”jobs”を”that”以下”hour”までの関係代名詞がつくる形容詞節が修飾しているのです。直訳すれば「時速200マイルで走ることのできる、よいイギリス製品のうちの一つである。」となります。

”little English jobs”での”litlle”は”魅力的”なという意を表しているともとれますが、”a little job”で「よい製品」を表すということが下記のように辞書に書かれています。

[研究社新英和中辞典]より引用
6 [C] [通例単数形で] 《口語》製品, 品 《特に, すぐれた機械・乗り物など》:a nice little ~ よい品/Look at that Italian ~ parked over there. あそこに止めてあるあのイタリア車を見ろよ.

do”は「(ある距離を)踏破する、旅する、進む、走る」という意味です。