イギリス文学のながれ
―イギリス文学の誕生からハーディまで―

I. イギリス文学の誕生からチョーサーの時代(~15世紀)

英語のルーツがイギリスにもたらされた5世紀末から1100年ごろまでの英語は古英語(OE)と呼ばれています。今日残っているこの時代の多くの作品は、アルフレッド大王の頃のウエスト・サクソン方言で書かれています。11世紀初めごろからヨークやカンタベリーなどの都市においてウエスト・サクソン方言を借りた一種の共通の文章語が現れ、これがノルマン人のイングランド征服(1066年)頃まで続きました。 イギリス文学の始祖と言われ、ゲルマン語で書かれた最大の長篇叙事詩『べオウルフ』は古英語の時代の代表的作品で、750年頃に書かれました。現在残っているものは写本のみで、これは1000年頃のものとされています。 ノルマン人のイングランド征服(1066年)から1500年あたりの英語は中英語と呼びますが、詩人チョーサー*の登場で、中英語はさら豊かで柔軟な言語へと変化しました。ラテン文学を含めヨーロッパ文学に精通していたチョーサーの詩は語彙・文体はイギリス文学の母体となりました。英語史の上からは450-1100年を古英語(Old English:OE)、1100-1500年を中英語(Middle English:ME)の時代に区分します。

*ジェフリー・チョーサー(1340?―1340年)

ロンドンのワイン商人の家に生まれ、エドワード3世、リチャード2世に仕えたと言われています。チョーサーはイタリアの人文主義者・詩人のペトラルカと親交を結び、彼が用いたソネット形式を英詩に導入し「英詩の父」と呼ばれるようになりました。その後1400年に傑作『カンタベリー物語』を未完のままその生涯を閉じました。この『カンタベリー物語』は中英語を代表する文学作品とされています。

 

II. シェイクスピアの時代―初期近代英語の時代―(16世紀前後)

英語史の上で1500-1900年は近代英語(Modern English:ModE)の時代です。この近代英語期はイタリアや古代ギリシアの文明を学び人間の能力・欲望の解放を訴えたルネッサンスをもってはじまるとされています。エリザベス女王の時代になるとこのルネッサンスは最盛期を迎えることとなりました。聖書や年代記などの翻訳が盛んに行われ、サリー伯やワイアットがイタリアからソネット(14行詩)を取り入れました。散文ではモアが『ユートピア』を著し、1580年代にはマーロウなどの劇作家が登場してくるようになりました。初期近代英語期の代表的作家シェイクスピア*は文学史上最も重要な作家であり、後の英語に少なからぬ影響を及ぼしました。この時代にはすでに標準英語が確立していましたので、優れた文学作品が多く誕生しましたが方言的な特徴は示しません。

*ウィリアム・シェイクスピア(1564-1650)

薔薇戦争を題材とした『ヘンリー六世』3部作に始まる一連の歴史劇により世間に名が知られるようになりました。ユダヤ人シャイロックの人肉裁判を中心とする『ヴェニスの商人』、初期の悲劇『ロミオとジュリエット』をはじめ『ハムレット』、『オセロ』、『リア王』、『マクベス』などがよく知られています。

 

III. ピューリタニズムと王政復古の時代(17世紀)

イギリスは1603年のジェームズ1世の即位で始まるスチュアート朝から1714年のジョージ1世の即位で始まるハノーヴァ朝までの時代に清教徒革命と名誉革命という2つの革命を経験します。文化の面においては17世紀初頭に、エリザベス朝から続く宮廷文化とジェントリーを担い手とする地方文化との対立が起こりました。文学においてはフランシス・ベーコンの散文とともに、1611年に完成した『欽定訳聖書』は近代英語の骨格を作り上げました。この時期の代表的作家はピューリタン文学のミルトン*、形而上詩人バニヤンが挙げられます。

*ジョン・ミルトン(1608-1674)

学生時代に『快活の人』、『沈思の人』などを発表していました。言論出版の自由を擁護し『アレオパジティカ』を執筆。1660年の王政復古後の作品『失楽園』、『復楽園』などがよく知られています。

 

IV. 小説と批評の時代(18世紀)

18世紀に入るとイギリスは植民地をさらに拡大し、ついにケベックおよびモントリオールを手中にし、カナダを自国の領土としました。国内では産業革命が起こり急速に工業が発達すると、巨大な富と力を手に入れたイギリスは史上最強で最大の国家へと成長しました。一方アメリカでは植民地内での貿易の制約などをはじめ、イギリスに不満を持ち、ついに1776年7月4日に独立宣言を行いました。この時代は文学においては『新古典主義時代』と呼ばれ、理性と常識に主眼を置き、題材をロンドンの都会生活と風習に求めました。またボズウェルによる伝記文学やデフォー*の『ロビンソン・クルーソー』などの近代小説の誕生という文学的発展を遂げた時代でもあります。

*ダニエル・デフォー(1660?-1731)

60歳頃から「小説」という新しい手法で執筆を開始し、『ロビンソン・クルーソー』をはじめ『シングルトン船長』、『モル・フランダーズ』、『疫病年の記録』、『ジャック大佐』などを次々に出版しました。彼の著作は現実的で孤島やロンドンの貧民窟、植民地などで生きる孤立者の苦悩を主題とし、いずれも事実の裏づけがあるとされており、その手法は写実的です。

 

V. ロマン主義の時代(19世紀)

18世紀の理性を尊重する古典主義に反抗して、想像力と人間性を解放し、法則よりも自由と個性を重んじるロマン主義運動が起こりました。さらに都会趣味を離れ、自然愛、自然との調和を求めるようになりました。ロマン主義時代はワーズワスとコーリッジが古典主義の詩との決別を宣言し『抒情民謡集』を出版した1798年から1832年までとされています。彼らに続いてさらに革新的でロマン的なバイロン、シェリ、キーツが登場してくるようになります。代表的な散文作家では18~19世紀の中流社会をにおける結婚を中心とした女性の私生活を描いたオースティン*などが挙げられます。

*ジェーン・オースティン(1775-1817)

オースティンの作品で最も有名なものは『自負と偏見』で、これは1797年に『第一印象』という題名の書簡体小説として書かれましたが、出版は16年後の1813年になりました。都会に移り住んだ後、閑静なチョートンに戻り、大作『エマ』、『説得』を次々と執筆ました。このチョートン時代が彼女の最も充実した創作期となりました。

 

VI. ヴィクトリア女王の時代(19世紀)

テニスンは美しい韻律で楽観主義的な国民感情をうたい、ブラウニングは難解な思索的作品を残しています。小説ではディケンズが下層階級の人々の生活を戯画的、誇張的な表現で作品を残しましたが、一方サッカレーは上層中産階級の人々の社会に焦点をあて、風刺的作品を残しました。この時代にはブロンテ姉妹、ジョージ・エリオット、スティーヴンスン、ルイス・キャロルという作家たちも登場しました。社会的矛盾を露呈しはじめるヴィクトリア時代末期には、人生の暗部、社会の恥部を暴こうとする作家たちが現れました。自然主義に対して否定的態度を持ちながらも結果的にはその傾向を示すようになったハーディ(1840-1928)もこの時期の代表的作家です。英語史上では近代英語(ModE)から現代英語(Present-day English:PE)への移行期となります。